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ありがとうございました!!


先週、2年間の派遣期間を終え、無事に日本に帰国しました。

始めは、まるで日本に旅行しに来ているような、変な感覚。
翌日にいつものようにマタガルパの配属先を訪ねて行きそうなくらい。

成田空港から新宿までのバスの中で、立ち並ぶ巨大ビル群を見にしては
わぁ~日本だ。。

せせこましく歩くスーツ姿の人々を目にしては
わぁ~日本だ。。


帰って来たんだなぁ。


長い間日本を離れている人に訪れるという
逆カルチャーショック症状ですね(笑)


しかし自分の想像していたものよりも症状は軽く
意外とすぐに日本の流れに順応できている気がします。
やっぱり自分は日本人なんだな、と実感。
いや、、疲れは後から来るものか。


日本に帰ってきて気になったのは、
日本は機械音にあふれているということ。

バスのドアが開く音、カードを認識する音、停車ブザーの音・・・・
本当にたくさんの無人の機械たちに囲まれて生活している。

ニカラグアは・・・ほぼ人間の生み出す音。
停車時に運転手に知らせる口笛の音、ドアを叩きあげる音、うるさいくらいの話声。
そんな自然の音がとてつもなく恋しくなった。


それから、コンビニに行って感じたこと。
私は甘いもの大好きなので、コンビニスイーツをみて感動しましたが
かといってすごく食べたいかというとそうでもなかったり。
コンビニを見まわして、
このお店の中に自分が本当に必要なものはどれくらいあるんだろう?
と考えてしまった。
大半は、なくたって生活できるものばかり。





東京での研修・健康診断等などでは、各国から任期終えて戻ってきた
同期の隊員との再会。
みんなたくましくかっこよくなっていました!!
話をするのがとても面白かった。し、つながっていきたいな、と。

東京滞在中に友達にも何人か会いましたが、
「現地人みたいに黒いね!」
と言われたのにはびっくりしました。
あんまり自覚なかったから・・・笑

けど、あなたたちが白すぎです!(爆)

なんて、日本の常識があまり通用しなくなってきている自分にも気づいたり。




いまは、2年間健康に安全に過ごさせてもらったことに感謝の気持ちでいっぱいです。
かけがえのない体験をさせてもらいました。
ブログに書ききれなかったエピソード、たくさんたくさんあります。


どう生かすかは自分次第です。




うまくまとめることができませんが・・・


このブログを通して私の生活を見守ってくださったみなさん、
本当にありがとうございました。
たくさん支えられました。

私の生存確認のためのブログだったので(笑)
日本帰国につきこのブログは終了させていただきますが、
できれば今度は日本で実際に会ってお話ししましょう。
みなさんの2年間のお話も聞かせて下さい。


それでは、また逢う日まで。
ごきげんよう(^^)




感謝の気持ちを込めて、

ポンパンマン








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2つの裏話。

最近の、心の残った出来事をふたつ。



エピソードその①。


前回の記事で、配属先で送別会をしてもらったと話しましたが、
そのひとコマ。

一年前くらい・約3ヵ月間・週に一度、
私は配属先のリサイクル部署(障害をもった青年・成人がリサイクルのための紙を仕分けをして働いている部署)
にいる、脳性マヒのエリックくん(19)のもとに通って
一緒に簡単な勉強や工作・一緒に絵を描いたりして過ごしていました。
彼はとても明るく好奇心旺盛な性格でいつも楽しく過ごしました。

エリックくんのお母さん・弟も同じ配属先で働いているので、
家族ぐるみで仲良くしてもらっていて、
休日などに彼らの家に遊びに行って
お昼ごはんをごちそうになったりしていました。


送別会の時、配属先の各部署から、順番にメッセージとプレゼントをいただいたのですが、
トップバッターがエリックくんのいる部署。
その部署は、絵画を売って販売もしている。

彼らからのプレゼントが、
なんとエリックくんの初めての絵画作品だった。


鉛筆や筆を持つことも困難な彼だけれど、
一生懸命一生懸命、筆をとって、いろんな色をつけて、
ニカラグアにいるかわいい鳥を描いてくれました。
彼らのその心遣いに、感激。。
正直、彼がそんな素敵なものをつくってくれるだなんて想像もしていなかったのです。
可能性は、無限大!


そのあとに私の活動の評価会をしたのですが、
その場で施設長さんが彼の絵のプレゼントについて話し始め
彼らの心遣いとエリックの努力に感激し、目に涙をためていました。

私はそれにびっくりしました!!
とても性格のきつく厳しい、あの施設長が、涙を見せているなんて・・・!
最初で最後に見た、施設長の涙。
その涙に、施設長の熱くやさしい、ニカラグアの人々への思いを感じて
こちらも目頭が熱くなりました。


そして、先週末にお別れのあいさつのためエリックの家に訪問したところ、
なんと、彼は熱心に絵を描いていました。

これまで家を訪ねた時は、いつもソファに座ってテレビを見たり音楽を聴いたりしてるだけだったのですが、
そのとき彼はすごく集中して絵具で絵を塗っていました。
いとこの少年が筆を洗ったり、「どの色にする?」とたずねたり
彼を助けていました。
どの色を塗りたい、この色を混ぜてほしい、など彼が必ず決定。

やりがいを見つけた彼と、
そのやりがいを実行する彼を助ける家族の姿がそこにありました。

「はぁ~~~・・・」と
感激して、言葉になりませんでした。

このために学びはあるんだなぁ。




もうひとつのエピソード。


私が配属先にやってきてから一年半一緒に働いた、グロリア先生(57)。

彼女は私の活動部署の創設時から働いていた教育担当者、責任者で
彼女は昨年末にうちの配属先を去りました。
いろいろ配属先内でもめたそうです。

たしかに、彼女は長年の経験や性格から頑固なところがあって
なかなか外からの意見に柔軟に対応することが難しくもあり
私の活動先をリニューアル、より教育的なもの、柔軟なものにしていくためには
施設長の「いずれにしろ彼女はなにかしらの形で配属先を去らねばならなかった」
という発言は、組織からみれば正直納得できるのですが、

個人的には、ニカラグアに着いた当初、いろいろしんどかったころから
一緒に関わって私をあたたかく受け入れてくれた人であり
強い姿勢ではあるが、心底では教育者として子どもを愛している人であり
心情的には2年間一緒に働いていたかった、
彼女が配属先を去るのはすごく悲しかったのです。


けれどもちろん私や他の職員の悲しい気持ち以上に、
グロリア先生にとって10年間働いてきた配属先を不本意に去らなくてはいけなくなったということは非常に悲しく受け入れがたいことであり、
相当苦しんでいました。
彼女が去る1週間くらい前は、目に見えて彼女の状態が良くないとわかるほどでした。
眠れない日々が続き、泣いてすごく日々、カウンセラーにもかかっていたそうです。


彼女が配属先を去って3カ月ほどたった2月、誕生日のお祝いのために彼女を訪ねたときに
当時の状況を切々と語ってくれました。
なかなか仕事も見つからないのだ、と言っていました。


これまた先週末、彼女にお別れのあいさつに行ったところ、

驚きました。
彼女は家で商売を始めていたのです。
日本でいうところのコンビニでしょうか、
もっと規模は小さいですが生活食料雑貨品を売っているお店を始めていました。

教師一本で働いていた彼女に姿を知っている私にとって、
彼女がそのお店でほそぼぞと働いている姿を見て
なんとも言えない気持ちになりました。
始めは正直、「あのグロリア先生が・・」とちょっと寂しくも感じましたが、
凛として働く彼女の姿を見ているうちに
なによりも、人生に対するたくましさを感じました。

彼女が日ごろから言っていた、
「人生において“学び”はいつまでも終わることはない」
という言葉を思い出しました。

57歳という歳であっても、彼女はまた新たな自分の人生を歩き始めているのです。
そのお店は、彼女の人柄・人望もあってか
とても繁盛しています。

いろいろお話をして、たくさんの愛情をもらって、
お別れをしました。
グロリア先生から学ぶことは多かったです。





ニカラグアは、本当にたくさんのたくましいエピソードにあふれています。







活動終了

ご無沙汰しております、ポンパンマンです。
一か月以上更新していませんでしたね・・・。
生きています。元気にやっています。


この一ヶ月間、バタバタしておりました。
とかいって、ちゃっかり任国外旅行にも行っていたり(笑)



エルサルバドル!!

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文化と芸術を感じました。

何のために行ったかって、もちろん、これ!!

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庶民料理、ププーサ(中米風お好み焼きみたいなもの)を食い倒れするためです。
食いしん坊、万歳!!

一人で動く時間も多かったので、
バックパッカーになったかのように
自分の興味でふらふら動きました。

masakoDSCF6617.jpg


子どもと遊んだり。
楽しかったなぁ。。

masakoDSCF6508.jpg


偶然お目にかかれた、エルサル隊員オーダーメイドの
藍染バカボンド武蔵!!すごい技術。。
もちろん現地の人の作品です。



びっくりしてしまうくらい親切な人たちに出会い続けて
大変お世話になり
すごく素敵な旅になりました。


私がエルサルバドルに興味を持ったきっかけ(ププーサのほかに。笑)

友人に紹介してもらった映画「イノセントボイス」、ぜひご覧ください。




任国外旅行に行く前に
JI○A事務所や隊員さん対象に、活動最終報告のプレゼンもしました。

制限時間15分にも関わらず
1時間近く話してしまった、大失態(汗)

自分の空気の読めなさにビックリですが、
時間を忘れてそんなに話せてしまう自分にもびっくりでした。

いや、時は金なり。 今後、気をつけます。。



そして昨日。

配属先にて、サプライズで私の送別会をしてくれました。
私の配属先は全部署で50人くらいの大所帯なのですが、
みんなが集まってくれ、各部署からのプレゼント、演目等用意してくれていました。

これだけみんなが集まってくれただけでも感激でしたが、
みんなからの言葉が本当に心に染みて、胸が熱くなりました。

これまで全く帰国する実感がわかず
寂しいとも感じていなかったのに
昨日の会で、
2年前この配属先に来た時のことを思い出したり、
みんなから親切にしてもらったこと、支えられた事を一気に思い出してきて、
本当に感謝の気持ちでいっぱいになりました。
たくさんたくさん愛してもらっていました。

泣く予定すらなかったのでもちろんハンカチすら持っておらず。
隣に座っていた副施設長さんからトイレットペーパーをもらって
それで涙をふく始末(笑)



そのあとに、配属先での最終評価会も行い
自分の活動を同僚とともに振り返りました。

やはり直接働いた、同僚への気持ちは特別。
いろいろあったなぁ、と。

私の性格や状況から、みんなに迷惑をかけたこともたくさんあったし
こっちもいらいらさせられたこともたくさんあったし
たくさんたくさんのことがあったけれど、
その“たくさん”の時間を一緒に過ごせたことが
本当に尊いことなんだなぁ、と実感。

評価会で、施設長からの
「リエ(私の名前)はたくさんの種をまいてくれた」
との言葉がとてもうれしかった。

カウンターパートからの
「最初はリエの前向きなエネルギーに驚かされ、自分もそうでいなくては、いや、それ以上に頑張らなければと思わされた」
との言葉に、彼のあくなき向上心を感じ(笑)、彼らしい発言だなぁとうれしくなったり。


たくさんの言葉、言葉にはならない目には見えない気持ちを受け取り、
なんともいえない一日でした。

こちらが感謝してもしきれないくらい。


自分の配属先での2年間の活動に対して思うところはいろいろありますが、
それはちょっと置いておいて、
ちょっとホッとしたいな、という気持ちです。



10日後、いよいよニカラグアをあとにします。







なんで子どもがいないの?



活動先で一緒に働いているオランダ人ボランティアのウィルさんの話。


マタガルパを離れて、民芸品がたくさん売っている街へお土産を買いに行って時のこと。


バスで乗り合わせた現地の人と話がはずんだそう。


「あなたはどこから来たの?」

「オランダから来たの。」

「年はいくつなの?」

「25歳。」

じゃぁ、結婚しているんでしょう?」

「まだしてないの。」

「25歳なら子どもはいるんでしょう?」

「いないわ。」

「え、なぜ?あなたは決してブサイクではないのに・・・!」



 以上のようなやり取りを
 大笑いしながら私に話して聞かせてくれました。

 私もそれを聞いてつい笑ってしまいました。


 この言葉からニカラグアの男女事情?が垣間見えるようです。



 25歳といったら、子どもを持っていて当たり前。
 ある程度かわいいなら、恋人がいて子どもがいて当たり前。
 
 自分の人生のために
 他人の人生のために
 生まれてくる子どものために
 “計画的に”結婚しない、子どもを持たないという感覚をわからない人はまだまだたくさんいる国、ニカラグア。

 それがすべて悪いわけじゃないけれど、
 そういう感覚をもつことで配偶者との関係に悩む人、生活に苦しむ人、寂しい思いをする子どもたちを減らすことはできるでしょう。

 マタガルパにもたくさんある女性団体の活動の必要性を少しできたように感じます。
 





理想のボランティア像

こんなことを自分から何度も言うのもなんですが、
ニカラグアでのボランティアとしての残り期間が、あと2か月となりました。

信じられません。実感がわきません・・・。


自分のやってきたことをまとめる・振り返る時期となったいま、

「ボランティア」として働くということはどういうことか?

という根本的なことを考え直しています。


“根本的”と書きましたが、
このことはきっと体験してみないとわかってこないのかな、
と2年間近くボランティアとして働くことを体験した今にして思います。


答えという答えがあると思えないし
考え方は人それぞれだし
経験によって考えは変わるでしょうが、
少なくとも私が感じたことを。正直に。。




この2年間のニカラグア生活の中で
さらには“活動”をするうえで
たくさんの人たちに本当に刺激を受けてきました。



それはニカラグアの同僚であったり
一緒に働いた外国人ボランティアだったり
隊員であったりするのですが、


そのなかでも刺激を受けたのが以下に書く二人の外国人ボランティア。



2009年に約1年間、教育担当者として一緒に働いた、
ペルー出身のシスターで小学校教師経験のあるフアナさん(29)。


彼女はペルー(スペイン語圏)出身だから、語学に問題なし。
経験があるし学歴も高く、さまざまな授業の展開の仕方を知っている。
そして、彼女のキャラクター。明るくすごくダイナミック!
でいて生徒との距離感もちゃんとはかれていて、すごく慕われつつも教師としての立場を崩さなかった。

彼女を見ていて、「語学のリスクを補うくらいの技術があって初めて技術移転が可能になるのかな」と感じた。
まぁ彼女は語学の問題もないから、つまり彼女のように働けてこそボランティアとして働く意義・有効性があるのかなも感じた。


彼女と、「なんのためにボランティアとして働いてるのか」という話をしていたところ、

「自分自身の成長のため。シスターとしての成長のため。教師としての技術向上のため。」

はっきりそうこたえていた。
もちろん自分とはボランティアとして働く経緯がちがうわけであるが、

自分の国のため、
技術を移転するため、

などという言葉は出ず。


そうだ、ボランティアとはそういうことだったんじゃないのか!?
と、初心に戻される思いであった。

どうしても一国の国際協力のプロジェクトとしてボランティア活動させてもらっている自分としては、
いろいろと複雑にことを考えてしまう。組織に属す限り組織の目的に沿ってやるものであるし。
けれど、彼女によって思い出した初心というのももちろん大事なものであって、
いやそのためにニカラグアに来させてもらった自分にとっては最も大事な部分であるといってもいい。
だからそのような刺激を受けられる彼女に出会えたことにすごく感謝している。



もうひとりは、いま一緒に活動している、心理担当者のオランダ人ウィリミンさん(25)。彼女は4ヶ月間の滞在。

彼女もスペイン語が達者。
そしてすごく仕事熱心で、
私たちが子どもたちと活動していく中で問題にぶつかったとき
すばやく的確なアドバイスをくれる。
そして実践を促し、その評価もきちんとしてくれる。
いまは自閉症の子を中心にみんなで取り組んでおり、
ニカラグアの同僚たちがどんどん仕事の中に喜びを感じやりがいを感じ始めていることが
目に見えて私にはわかる。

彼女の働きが、現場のニーズに合致しているのである。

その相乗効果に、みているこっちは(もちろん私もそのなかに入って活動しているのだが)
あ~これこそ技術・専門性を持ってこその働きだな、と思い知らされる。

なにより同僚の「アドバイスを試してみると、子どもの行動が変わった!」
「こんなことができるようになった!」「わたしにもできた!」
という時に見せる笑顔がとても素敵。まぶしい。
そんな笑顔を引き出せるボランティアって素晴らしいと思う。


私が目指すボランティアはこれかもしれない。


ボランティアとしての初心:自己成長をつねに追い求めること。
現場の人の、人生・仕事へのやりがいを感じた時にみせる笑顔を引き出すこと。




この二人と接して、思ったこと。

もし国際協力として現地の人の“力になりたい”“発展を助けたい”のであれば
彼女たちくらいの技量がないと、役に立てないだろう。



語学のつたない実習生でいたくない。


もちろん自分のためになら、いつでも、どの瞬間だって活動できる。
けれど技術的に援助をしたいのであれば、別の話。

次に自己成長を目的で海外に行くなら、自分のお金で行きたい。



以上に上げることを実践するには、“ボランティア”としてでしかできないわけではないとも思う。
けれど、私が思うに、“ボランティア”として働くことには、逃げ場が少ない。
利益のためにやらない分、
本当に真に自分のあらゆるちからと向き合わせられるのではないか。
目の前の人と向き合わされるのではないか。

“お金のためにやってるんだから、辛抱しよう”とは思えない気がする。
・・・いや、これはあまりに仕事の厳しさを甘く見ているのでしょうが。


私の尊敬するジャーナリストの方がいっていた言葉。

「ボランティアとして働くことは、鏡で自分を見るようなものである」

と。
その言葉の意味を最近、ひしひしと感じている。





自分のためにと割り切ってやってきた2年間ではあったが、
それにもかかわらず、
やっぱりできないことの多さに、技量のなさに、
悔しさを感じ続けた2年間だったといっても過言ではない。

別にネガティブになっているわけでもなく、本心でそう思う。



日本で自分を鍛えなおしたい。。
自分のどういうところを強くしていかないといけないかは、
2年前よりはるかに見えるようになったと思う。
みえてないと、ここに来た意味がない。


けれど、こっちでできることはあとの2か月でやっておかないとですね。

後悔のないように。





もし感想があったら、コメントいただきたいです。


Extra

プロフィール

PONPANMAN

Author:PONPANMAN
1987年3月生。
小学生の頃から、“変人になりたい”と切望。現在まだ、変人になりきれない凡人。たくさんの人間に恵まれて、ここまで大きくなりました。そして高校の時からなぜかあだ名が“ポン”に。現在、横浜の某大学を休学して、青年海外協力隊として二カラグアに在住。

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