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チニ―タ

前にも話しましたが、家の前が野球場なので、土曜日にふらっと通りがかってみると少年野球大会が開催されていました。

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気持ちの良い天気だったので、近くの売店でパンを買いスタンドに座ってボーっと試合を見ながら朝ごはんを食べました。

すると、グランドの方から子どもたちが私に向かって「チニ―タ!」と叫びました。

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おいおい、いま試合中なのに、グランド外に気を散らしていたら監督に怒られるんじゃ・・・と思いグランドを見回すと、座りこんでご飯を食べてる子もいれば2,3人で集まっておしゃべりをしていたり、走り回っていたり。監督はそんな選手たちにお構いなく采配に夢中。
団結感がないというか、緊張感がないというか、集中力がないというか・・・そんなもの通り越して、自由ですね。

「チニ―タ」
これは、正確には「中国人(女)」という言葉を愛嬌をこめて言ったものです。
しかし、単純に“中国人”ということではなくて、中国人・アジア人のように目の細い人は、たとえニカラグア人であってもこう呼ばれます。

そしてもちろん、私たち日本人も「チニ―タ」と呼ばれます。

町を歩いていたら必ず誰かから「チニ―タ」と声掛けられます。
通りすがりに囁くように言われます。
とくに酔っ払いのおじさんからは95%声掛けられます。
いつになったら「チニ―タ」と呼ぶことに飽きてくれるんだろう・・・と思うくらい、たくさんの人に声を掛けられます。悪気があるわけではないようですが。

私も目が細いから(ニカラグアの人に比べたらそりゃ・・・)もちろん「チニ―タ」に該当するし、そう呼ばれることは正論なのですが・・・
目が細いどうとかの問題ではなくて、どうしても心の奥で「私は中国人じゃない、日本人なんだ」という気持ちを必ず持ってしまいます。

この気持ちは、なんなのでしょう。

中国と日本は違う国なんだよ、とわかってほしくなる。
日本という独立した国があることを知ってほしくなる。

では、ニカラグアの人に知ってほしい“日本”って何?

私は、ボランティアとして少しでもニカラグアの力になれればと思って働いてる日本人なのだ、と知ってほしいということなのか?

私がボランティアとしてここにいること=ニカラグアの人に“ここでボランティアとして働いていた日本人がいたな”という認識を広めることが、人道主義的な国策ということなのか?ニカラグアへの今後の円滑な援助のために。

国策とかそんなの関係ない、出身国も宗教も関係ない、自分“個人”で勝負するんだ!(つまり全くの個人として異文化に溶け込むこと)
・・・というのは案外難しいのではないかという印象を持ち始めています。
無意識的にその人が育った国・身体的な特徴などは背負わされるし、他からそう認識されるものなのだろうと感じています。

良い意味でも、悪い意味でも。


私はニカラグアに来て、“日本”を愛しく感じています。
いままでは日本の悪いところばっかりしか見えず、なんなんだ、この生きにくい国は、と、自分の短い人生、小さな視野からそう見ていました。もちろんそういう要素はたくさんあると思いますが。

けれど、今は、人がうじゃうじゃいて息苦しくなるような駅のホーム、毎日通っていたなんでもない道、ポイ捨てのされていない通り、四つの季節、そういうものまでもが懐かしく感じられます。(早くも)

それは、自分を育ててくれた国だからなのでしょう。自分と同じような環境で育てられた人間が集っている場所だからでしょう。悪いところもあるけど、それを含めて受け入れていけたら・・・と感じるようになりました。(受け入れるといっても、許すということではなくて、事実をしっかり見て必要に応じて動かないといけないとは思います)

こういう気持ちが、よくいろんな権力によって踊らされる、3つ漢字の言葉なのでしょうか?

ニカラグアには、ニカラグアという国への愛情、ニカラグア人としての誇りを表わす歌がたくさんあります。それを歌うときの、ニカラグア人の表情がおだやかで、大好きです。羨ましくさえ思います。

日本でも、うまいことそういう歌を作れないものでしょうか(笑)
素直に、“素直に”、日本への愛情を示せる、素敵な歌。
もちろん、愛情がないなら、歌いたくなかったら、歌わなくったっていいんです。自由なんです。

随分脱線してしまいました。まとまりもありません・・。

とりあえず、一日に何度「チニ―タ」と呼ばれるか統計をとってみようかと思います(笑)

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学生が輝く日

9月14日。
ニカラグア全土で、学生が輝く日。

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と私は感じました!!

9月15日は、中米5カ国(グアテマラ・エルサルバドル・ホンジュラス・ニカラグア・コスタリカ)がスペインから独立した日。祝日。
その前日、約2ヶ月間練習を重ねてきたダンスと演奏を披露する日。学校ごとにチームをつくり、そして全学校で一つの列をなし、街中を練り歩きます。

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衣装がかわいい!踊りが素敵!演奏が情熱的! 
暑い中何時間も動き回るにもかかわらず、ぶっ倒れずに頑張る学生!!(しかしもちろん、列の最後尾には救急車が待機)

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こっちの学生(6~17歳)さんは、歳を聞いてびっくりするくらい、大人っぽいのです。推定年齢のマイナス3歳が実年齢、といった感じです。

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目の保養になりました。

お詫び:このパレードの由来を家族に聞いてみたのですが、いまいち理解できませんでした・・!来年こそはきちんと説明いたします。

エステリ

マタガルパの隣県、エステリ県へ行ってきました。バスで2時間かからないくらいです。

ここには一緒に住んでいるお手伝いのマルリンさんのお姉さんが住んでいるので、一緒に訪ねに行きました。
マルリンのお姉さんは、トルティーヤをつくって売っています。

トルティーヤは、ニカラグアの第二の主食で、そのまま食べたり、チーズといっしょに揚げたり、スープにつけたりして食べます。トウモロコシ(甘くない種類)を乾燥させて挽いた粉を水でこねて作ります。

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まず形を整えて・・・


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焼きます。


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食べます。。

焼きたては、こおばしくてトウモロコシの香りがして、すごくおいしい・・!!
贅沢な朝ご飯でした。

彼女はこれを毎日80枚作って、重たいトルティーヤを持って通りを売り歩きます。それが彼女の仕事。トルティーヤはそんなに高いものではありません。毎日食べていくための、大変な仕事です。

お姉さんは二人の息子とお友達と一緒に住んでいて、そのお友達は1か月前に出産を終えたばかり。

ということは・・

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一か月歳のあかちゃん。まだ地球にいることを実感できていない、といった感じの表情をしていました。いえ、そういう風に感じました(笑)

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彼はマルリンの甥っ子にあたる子。やんちゃでよくお母さんのお手伝いをする、素直な子です。

11月は彼のお誕生月だそうなので、またマルリンと一緒にエステリを訪ねたいと思っています。

またエステリ報告します。


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結婚式

ここはどこでしょう。

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そう、教会です。この日の朝、仲良くしていただいてる同僚の方の家を訪ねていろいろ話していたら、突然、「そういえば今日、姪っ子の結婚式があるからおいでよ。じゃ、午後4時にここに来てね!」といわれて、なにがなんだかわからないまま結婚式に連れて行ってもらいました。

ちょうどこの日、日本では私の兄弟も友人の結婚式に招待されていることを知っていたので、偶然だなぁと思いながら教会に向かいました。

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日本でも教会で結婚式を挙げるのは普通ですが、こっちの結婚式は、きちんと神父さんが出てきて宗教的な式辞、儀式的なものがあり、本格的だなぁ本場だなぁと感じました。とても美しい式でした。

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ライスシャワーです。お米が飛び交っていました。

新郎さんとてもおちゃめな人で、同僚が彼に私を紹介してくれた時、私に向かって両手を合わせて傾斜45度のお辞儀をしてくれました。日本人(中国人だと思っているのかもしれない)はこういう挨拶をするものなのだと、多くのニカラグア人は映画から学んでいます(笑)

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そして式の後は場所を移して披露宴。見かけは日本とほとんど変わらないのですが、音が違います!終始ダンスミュージックが大音量でかかっており、司会者は特になし、6時半に始まるはずが始まったのは7時半、ちゃんとした料理が出たのは10時すぎてから。けどもちろんだれも文句なんて言いません。新郎新婦そっちのけで招待客は気まぐれに踊っていました。私だけがなにがなんだかといった感じでおろおろ(笑)
けれどこれだけの式を挙げるには相当なお金がかかるそうで、すべての人がこういった式を挙げられるわけではないそうです。

とにかく陽気な結婚式でした。行こうと思ってもいけるものではないので、いい経験をさせていただきました!
しかし・・・その晩に食べた生野菜が私の胃を刺激したのか、翌日はお腹のなかで何度も雷が鳴りました(笑)


障がい者デー

先日、理学療法士の先輩隊員が、8月25日のニカラグアの障がい者デーにちなんで、お祭りを開きました。マタガルパからはちょっと離れたところにある街だったのですが、とても興味があったのでお手伝いに行きました。

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町の大通りを、障がい者の方・特別支援学校の生徒たち・その他たくさんの人たちと練り歩きました。

そのあとはピエロさんも参加してかわいいフェスティバルやウォークラリー。素敵なお祭りでした。

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お祭りの中で、先輩隊員が同僚の人たちと肩を並べて準備をしたり、堂々とスペイン語であいさつをしている姿を見て、正直とても感動しました。ニカラグアの人たちの中に自然に入っているんだなぁと思いました。

なんでもない一日でも、ニカラグアの人と接する毎日の積み重ねが大切なんでしょうね。



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首都マナグアの朝。午後には車であふれ、横断歩道もあまりないので、危ない危ない。


ニカラグアにも、おしゃれなショッピングモールがあります。

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始めはカルチャーショックを受けました・・!

そしておなじみの、、

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9月始めの様子

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私が働いている施設主催のバザーがありました。
たくさんの人が押し寄せました。
新しい商品を持ってくると・・・

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このように一気に人だかりが!!
バーゲンの様子は、日本もニカラグアも変わらないな、と思いました。


午前中に通っている教室。おもちゃなどたくさんあります。

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壁の絵にいろんな工夫があります。手話や数字、色分けして書かれたアルファベットなど。

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調理室。この外が青空食堂(屋根はある)になっていて、いつもおいしい昼食をいただいています。野菜が食べられて、ありがたい!!

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子どもたちを送り迎えする軽トラ。舗装されてない道路を通るときはすごく揺れ、いつも頭をぶつけてしまいます。

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野犬がけんかしている様子を、あたたかく見守る近所の方々(笑)

以上、写真報告でした。


Extra

プロフィール

PONPANMAN

Author:PONPANMAN
1987年3月生。
小学生の頃から、“変人になりたい”と切望。現在まだ、変人になりきれない凡人。たくさんの人間に恵まれて、ここまで大きくなりました。そして高校の時からなぜかあだ名が“ポン”に。現在、横浜の某大学を休学して、青年海外協力隊として二カラグアに在住。

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