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泣いたこと


ニカラグアに来て、どれくらい泣いたのかな、とふと考えてみました。

日本が恋しくて泣いたことはないし・・・
日本にいる時みたいに、映画やドラマに感動して泣くということはないし・・・


それでは、どういう時に泣いたのかな?


すべては覚えていませんが、
いくつかのシーンは覚えています。


ランキング的(回数)には、

①悔しくて
②感動して
③悲しくて
④嬉しくて

かなぁ、と。


①は圧倒的に、活動していてずっと感じていました。
2年間、自分の無力さと戦って過ごしたといっても過言ではありません。
もちろん自分が無力ということを自覚してニカラグアにやってきているし、
自分に力があると思うことはすごく傲慢であるのですが、
やはり“できない自分”を目の当たりにすると、しんどいもんです。

こどもに対してうまく接することができなかったとき、
伝えたいことを伝えられなかったときに強く悔しさを感じました。感じます。
ニカラグアの同僚に対してうまく言いたいことを伝えられない時にも、
自分があまりに“伝えるものをもっていない”ことに、ものすごく悔しさを感じます。

「くそー!!」
何度唇をかみしめて、こらえたか知れません。

自分をもっと鍛えたい!と。
それを私は、「帰国してから、日本で自分を鍛えよう」という風に考えて逃げてましたが、
そう思ったらその瞬間から実行すべきだと、そう思い、
ニカラグアにいる貴重な期間のうちにできることは伸ばしていきたい。

③悲しくて。
これは、同じ部署で一緒に子どもと向き合って働いた人との別れの際に感じました。
悲しいというより、感謝の気持ちと、もっと一緒にいたかったなという思いから。
「この人と一緒に一生懸命取り組めて良かったなぁ」


②感動して。

活動先の子どもたちが、一生懸命一生懸命学ぼうとしている姿を見たとき。
その姿はものすごく印象が強くて、目に焼き付いています。

手足の動きに不自由があるのに、一生懸命時間をかけてでも自分で服を着ようとするアウラちゃん。

プールに入りたくてどうしようもなくて、服を全部脱いじゃったけど、その日はプールの授業がない日。
けどそれが理解できなくて、思い通りにいかなくて周りの子どもや先生を引っ掻き始めてしまう。
けど、時間をかけて接して、パニックが落ち着いていって、
一生懸命一生懸命私たちの言うことを理解しようとしている。
最後には、服を着ることができたヘレンちゃん。

ものすごくものすごくがんばっている、その表情に心を打たれる。
その一生懸命さに、敬意を持たざるを得ない。
すごいなぁ、この人は・・・。
学んでいる。。学ぼうとしている。。

活動先の子どもたちの生命力とその一生懸命さに
励まされる日々です。

もっともっと彼らの学びの手助けをしたい。
それによって私も学ばせてもらっています。






先日、ニカラグアで2度目の誕生日を迎えました。
23歳になりました。

サプライズでいろんな人からの大切なメッセージをいただきました。
すごくすごく感動しました。
おーいおーい泣いてしまいました。


人と接することで、苦しくもなるし腹も立つし劣等感も感じるけれど

人と接することで、ものすごく楽しかったり嬉しかったりこころが満たされたり


“ひと”が好きな自分でよかった。と、そう思います。

そう育ててくれた、そう接してくれた、そういう姿勢を見せてくれた両親をはじめ家族に感謝。


私が小さい頃「うちの家族はひとには恵まれているからね」と家族で話していたのをよく覚えています。
本当にその通りだと思う。

誕生日は、両親や周りの人たちに感謝する日。


みなさんに、ありがとうございます。を。


④“嬉しい”涙。








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あれれ、子どもが少ない


3月になりました・・・!
みなさんいかがおすごしですか。


2月はとても長く感じました。
なぜでしょう??

週末、任地マタガルパを離れて、
隊員さんの会議があったり、
レゲェのライブにいってみたり(笑)、
以前紹介したかわいい女の子に会いに行ったり

masakoIMG_6792.jpg


はい、もちろん活動もしていますよ!!


2月から教室が始まりました。
今年は、職員の数や去年の反省を考えて、
何人まで子供を受け入れるのか、年齢制限は、
どういう子供を受け入れるのかの規定をつくりました。

去年まではそのへんがとてもあいまいだったので
目標をうまく共有できていないところがありました。

今年は最大20人の子どもと活動しよう!
となっていましたが、
いまふたを開けると・・・
毎日定期的にやってくる子は7人ほど。。

去年は16人くらいはやってきていたので
それに比べるととても寂しいですね。

まぁその分すごく手厚く子どもたちと接することはできていますが。

ということでカウンターパートのジャーデル先生は
新しく教室に受け入れる子どもを探しに市内を回り始めています。

最近の様子。


masakoP1170548.jpg

あたらしく壁に描きました、
二カラグアの学校には欠かせない、国旗と国歌と国のシンボル・国花と国鳥と国木。
愛国心を育てます!!!!!

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あ、手前の人が私です。ニカラグアパーマかけました~。



活動もあと3カ月とちょっとです。
まとめの次期!!という感じですが・・・。

以下、ちょっと愚痴らせてください。


3月後半から5月初めまで、カウンターパートのジャーデル先生が
オランダに行きます。
オランダにうちの施設と提携して寄付をしてくれたり、オランダの青少年をボランティアとして
うちに施設に派遣したりしている団体があるのですが、
その企画で隔年でうちの施設のニカラグア人職員が2~3人がオランダに行って
いろいろな研修などを受けてくるというもので、
彼は45日間オランダに行ってきます。

彼にとってものすごくいいチャンスです!!
ものすごく応援しています!!

しかし・・・カウンターパートが現場にいない間ボランティアの私が
ニカラグアで残って活動する。
あれ、なんか不思議?
というか最後の3ヶ月は特に彼とがっつり一緒に活動したかったのに
という残念な気持ちが正直ある。

さらに、

私と直接働いているその他の3人の職員さんが、
ニカラグア首都で開かれる特別教育の研修会に
週2回・3ヶ月間参加するとのこと・

ものすごくいい機会!
ぜひいってもらいたい!!!

しかし、私ひとりが残される日もできるわけで。。
あれ、さすがにこれはだまっているわけにはいかないぞ。


金曜日の会議の際にこの話が出て、
職員の時間割を整理していると、
やはり私が一人で教室にいることになる時間が生じました。

同僚:
「これじゃぁりえが大変だわ、だれか“りえの”助けとなる職員を手配しなきゃ!」

はい、物理的に人手は必要なので手配お願いします。
しかし待って、その前の言葉は?
“りえを”助けるための??

私はもともとあなたたちを助けるため、いや、言葉が違いますね、
“強化”“補強”するためにあなたたちと“ともに”働いているんです。
ニカラグアで、ボランティアとして・・。

そしてただでさえ人員不足が想像される中でボランティアとして
子どもに怪我があった時の対処・親への対処などまでの全責任はとれません!

ということは最低限、はっきりと伝えると、
うん、理解してくれました。

けれど一人の先生は変わった理解の仕方をして、

「そうね、りえが一人で働いているという気持ちにさせてはだめね。
大丈夫よ、いつもわたしたちがついているんだからね、孤独を感じなくてもいいのよ!」

といわれました(笑)

そういう意味じゃないんだけど・・・(^^;)
まぁありがたいか。。


この先どうなるんでしょう。
このまま帰国まで
落ち着いて活動できる気がしませんが、
これが現実ですね。

“自分の”やりたいように
“自分の”計画通りに活動することが
かならずしも正しいということではありません。

そこには常に、職場の状況の“変動”がともなうのですから。
それに柔軟に対応しながら、
しっかり押さえるとこおさえててやっていきたいですね。

変動に負けるな自分!
その中でできること考えて
時間を有意義なものにしよう!


コミュニケーションはしっかりとって・・・。







私の施設の、他の部署の人たちと。


masakoP1170578.jpg


彼女たちは聾唖、とても手先が器用で再生紙から買い物袋をつくるプロジェクトで働いています。


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お昼寝中に失礼しました(笑)
彼女は視覚障害者です。いろいろな手工芸が得意で、リコーダーも上手に奏でる。。
彼女の技術と努力と優しさには脱帽です。。











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プロフィール

PONPANMAN

Author:PONPANMAN
1987年3月生。
小学生の頃から、“変人になりたい”と切望。現在まだ、変人になりきれない凡人。たくさんの人間に恵まれて、ここまで大きくなりました。そして高校の時からなぜかあだ名が“ポン”に。現在、横浜の某大学を休学して、青年海外協力隊として二カラグアに在住。

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