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[C93]

 「いつ自分が死んでしまっても、構わないと思っている」

 22歳ならまだ子供さんはいないと思いますが、小さな子供さんがいたとしても、同じように思いますか?
  • 2009-04-13
  • 投稿者 : ○○さま
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[C94]

今の自分の状況のなかでの思っていることなので、
それ以外の状況でについては書いていません。
人にその想いをぶつけるつもりもありません。
今の段階の、独り言ということです。
けれど、お気に触られたのであれば、申し訳ありません。

自分にもし子どもがいたら、そんなふうには思えないでしょう。(私に子どもはいません)
子を守る責任というものを感じるだろうと思います。
守りたいけれど守れない状況に自分が置かれて苦しむことだってあるでしょう。
想像を絶する苦しみではないでしょうか。
正直今の私にはまだわかりませんが。

どなかかわかりませんが、コメントありがとうございました。
  • 2009-04-14
  • 投稿者 : pon
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[C95]

pon先生の人生のゴールとは?(いまのところ・・・)
  • 2009-04-14
  • 投稿者 : ○○さま
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[C96]

カリブ海いいなぁ!!!
私が死ぬまでに絶対に行きたいところ!!
それにしても12人乗りってすごいね(笑
私は4月から社会人頑張ってます。

私も日々幸せを感じています。毎日かも。
今で十分幸せで満足だけど、今死ぬのは絶対に未練が残る…
まだまだやりたいことがたくさんあるからね!^^
でもこれって贅沢だよね。。。
  • 2009-04-15
  • 投稿者 : あやこ
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[C97]

先生ではありませんが、、、。

じんせいの ゴールとは何かを語れるほど悟ってはいません(笑)
そしてゴールというよりは、いつまでも気をつけていたいと思っていることですが、

ものごとにたいしてひろくかんしんを もちつづけていきたいということ
まなびつづけたいということ
ささえてくれているひとにかんしゃのきもちをもつこと
やりたいとおもったことはじっこうにうつしてみること

こんなものです。けれど、りそうとげんじつはうまくかみあわないもので、
いじょうのことがむかしはたんじゅんなことだとおもっていたけれど、
ときがたちいろんなことをしっていくにつれて、それがとてもふくざつで むずかしくくるしいことだともかんじはじめています。


あやこちゃん

みれんがのこるからといってそれが ぜいたくかといったら、そういうことでもないとおもう。
かんがえかたはひとそれぞれじゃもんね。
4がつから みんながきびしいしゃかいにでていってるようすをきいて、
みがひきしまるおもいだったり。。
わたしもいつまでものほほんとしたこといってられなくなるんだろうなぁ。。
またはなしきかせてください。

いつもこめんとありがと!
  • 2009-04-17
  • 投稿者 : pon
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[C98] ふーるおんざひる

死への未練→意味不明。生への未練?生と死はつながっています。自分のなかで。生きるのも死ぬのも自分ですから。生を感じ死を意識できることが大人への始まりです。それまでは何歳になっても子供です。親は子供を大人への入口まで案内する役目を子供から託されています。役目が終われば人間として対等です。親として生きることは自分として生きることの一部分です。運命的に子供を親として一生引き受けなければならない場合は、愛情深く一緒に生きましょう。人の生と死は自分のなかの愛によってつながっていると思っています。目をつむっても耳をふさいでも自分はいますよ。ポンパンマンさんお元気で!どこ吹く風の(ふーるおんざひる)でした。

[C99]

完全に題名、間違えていましたね。
途中で気付いていたのですがそのままにしてしまっていました。
今更ですが訂正しておきました。
私には大人だとか子供だとかいう定義は、まだまだわかりません。
これまで頭でっかち、というか頭でしか考えていなくて体験が伴っていなかったので、
いま、ニカラグアに来て、
自分にはわかっていないことが本当にたくさんあった(ある)のだと思い知らされています。
自分はまだまだ甘いのだということを、
日々、思い知らされています。
もっと怒られたいと最近思っていますが(笑)、
人に言ってもらえないと動けないっていうのも
甘えですね。
頑張ります。。

  • 2009-04-29
  • 投稿者 : pon
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[C104] 難しいことを考えるねぇ

私が22歳の時、「今死んでも未練はない」とは言えなかったなあ。今でも言えません。未練タラタラです。いつになれば未練なく死ぬことができるのだろうかと思っています。ただ、今もそうかもしれませんが、もっと若いときは、「死」というものが自分の近くにありながら、気がつかないほど突っ走っていたと思います。「死」について語るより、今の自分の悩みをどう克服するかで一所懸命でした。
だから、私はニカラグアに来て、これまでの自分の生き方を振り返るよい時間をもらっています。突っ走っている間に見えなかったことが、少しだけど見えるようになったし。見落としていたことにも気がつくことができる。この国には何もないけれど時間はありあまるほどあるからねえ。ぽんちゃんにとっても、良い時間になるといいね。
  • 2009-05-17
  • 投稿者 : okan
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休暇、そして生への未練について

大型連休、セマナサンタがやってきました。
連休=セマナサンタではありませんが・・・

以下参照。。

聖週間=Semana Santa=セマナサンタとは
棕櫚の主日(カトリックでは枝の主日と言い、最後の晩餐とそれに続く受難の前にイエス・キリストがエルサレムに入城した時に群衆がナツメヤシの枝を路に敷き、また手にとって迎えたことを記念する日)
から、
復活祭(十字架にかけられて死んだイエス・キリストが三日目によみがえったことを記念する日)
の前日までの一週間を指す。


カトリックの国、ニカラグアに限らず中南米地域全域においては、
宗教的に非常に重要な意味を持つ一週間であります。

その重要な事実もさながら、学校や公共施設、商店など、もはや国じゅうが休暇モードに入ります。
私の施設は9日間の大型連休!!
旅に出ました!!海が私たちを呼んでいる!


カリブ海に浮かぶ島、コーン島へ!!(一応ニカラグア国内)


ひたすらのんびりしてきました。抜群の透明度を誇るカリブ海の景色をおすそ分け。。


masako20090407_32.jpg

海で遊ぶ子どもたち。二カラグア本土とは違い、黒人系の人たちが多い。
この海の青いこと、透明なこと!!

masako20090408_68.jpg

少し潜ると、そこはもうニモの世界。

masako20090409_110.jpg

ダイビング後のワンショット。「潜ったどぉ~~!!(かなり怖かったどぉ~~)笑」

masako20090408_64.jpg

緑が濃い!!野性的で魅力的な島なり。

masako20090409_121.jpg

朝日を背に、ジャ~~ンプ!!!

masako20090411_108.jpg

あ~気持ちい~生きてて良かった(笑)
気の置けない仲間がいるから悩み、考え、楽しめる毎日。。


精神解放してきました・・・。コーン島はオアシスでした。
しかし、ニカラグアの一般庶民の人には到底手に届かないであろう、贅沢・・。

なんせ、国内線飛行機を使いましたからね・・・。

masako20090407_10.jpg

目の前にコックピットが見える、12人乗りの小さな飛行機。

masakoDSCF9709.jpg

そこからの景色も格別でした。

masako20090411_125.jpg


飛行機から見える雄大な空を見て思いを巡らせているうちに、ふと思い出したこと。

先日、数人で歳を重ねていくことについて話をしている時に、

「まぁまだ若いあなたたちはもしいま死んでしまったら、あれもこれもやりたかったのに!という未練で死んでも死に切れないと思うが・・・」

という発言があった。


私は、そうは思わない。
いつ自分が死んでしまっても、構わないと思っている。ものごころついたころから、そう思っていた。

もちろん、死そのものに対する恐怖心はあるが、
自分が死んでなお「あれもこれもやりたかったのに!」という未練は残らないと思う。

いまに満足しているから・・?

死に未練が残るということが、未来への更なる幸福を願うゆえなのだとしたら、
わたしは未練は残らないと思う。

幸福というものは、過去のものでも未来のものでもなく、
現在にしか生きないものだと思っているから。(いまのところは)

そういう意味で、わたしは日々ふとした瞬間「幸せだなぁ~」と思うことがよくある。
自分がやりたいことをできていること、させてもらっていること、それをできる経済的な支えもある、身近な人の理解があること、応援してもらえていること・・・恵まれすぎている。

周りの人たちのおかげて幸せに生きさせてもらっている。十分。
死んだ時には、そんな人たちに悲しんでほしくないなぁ。
幸せに生きることが人の支えで成り立っているとしたら、それはプラスで、
死はそれが失われる(物理的にその支えを受け取れなくなる)ことであるなら、マイナスではなくゼロで。
マイナスでない、ゼロである死に、未練は残らないんじゃないか。

なんかよくわからなくなってしまいましたが・・・。

とにかく、何をするにしても、周りの人たちの支えを感じずにはいられません。

そんなことを、ニカラグアの空の上で考えてみたり。

セマナサンタだけに、
キリストさんから“死への考察”を、投げかけられたのかも!?(笑)



・・・22歳のひとり言でした。








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8件のコメント

[C93]

 「いつ自分が死んでしまっても、構わないと思っている」

 22歳ならまだ子供さんはいないと思いますが、小さな子供さんがいたとしても、同じように思いますか?
  • 2009-04-13
  • 投稿者 : ○○さま
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[C94]

今の自分の状況のなかでの思っていることなので、
それ以外の状況でについては書いていません。
人にその想いをぶつけるつもりもありません。
今の段階の、独り言ということです。
けれど、お気に触られたのであれば、申し訳ありません。

自分にもし子どもがいたら、そんなふうには思えないでしょう。(私に子どもはいません)
子を守る責任というものを感じるだろうと思います。
守りたいけれど守れない状況に自分が置かれて苦しむことだってあるでしょう。
想像を絶する苦しみではないでしょうか。
正直今の私にはまだわかりませんが。

どなかかわかりませんが、コメントありがとうございました。
  • 2009-04-14
  • 投稿者 : pon
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[C95]

pon先生の人生のゴールとは?(いまのところ・・・)
  • 2009-04-14
  • 投稿者 : ○○さま
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[C96]

カリブ海いいなぁ!!!
私が死ぬまでに絶対に行きたいところ!!
それにしても12人乗りってすごいね(笑
私は4月から社会人頑張ってます。

私も日々幸せを感じています。毎日かも。
今で十分幸せで満足だけど、今死ぬのは絶対に未練が残る…
まだまだやりたいことがたくさんあるからね!^^
でもこれって贅沢だよね。。。
  • 2009-04-15
  • 投稿者 : あやこ
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[C97]

先生ではありませんが、、、。

じんせいの ゴールとは何かを語れるほど悟ってはいません(笑)
そしてゴールというよりは、いつまでも気をつけていたいと思っていることですが、

ものごとにたいしてひろくかんしんを もちつづけていきたいということ
まなびつづけたいということ
ささえてくれているひとにかんしゃのきもちをもつこと
やりたいとおもったことはじっこうにうつしてみること

こんなものです。けれど、りそうとげんじつはうまくかみあわないもので、
いじょうのことがむかしはたんじゅんなことだとおもっていたけれど、
ときがたちいろんなことをしっていくにつれて、それがとてもふくざつで むずかしくくるしいことだともかんじはじめています。


あやこちゃん

みれんがのこるからといってそれが ぜいたくかといったら、そういうことでもないとおもう。
かんがえかたはひとそれぞれじゃもんね。
4がつから みんながきびしいしゃかいにでていってるようすをきいて、
みがひきしまるおもいだったり。。
わたしもいつまでものほほんとしたこといってられなくなるんだろうなぁ。。
またはなしきかせてください。

いつもこめんとありがと!
  • 2009-04-17
  • 投稿者 : pon
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[C98] ふーるおんざひる

死への未練→意味不明。生への未練?生と死はつながっています。自分のなかで。生きるのも死ぬのも自分ですから。生を感じ死を意識できることが大人への始まりです。それまでは何歳になっても子供です。親は子供を大人への入口まで案内する役目を子供から託されています。役目が終われば人間として対等です。親として生きることは自分として生きることの一部分です。運命的に子供を親として一生引き受けなければならない場合は、愛情深く一緒に生きましょう。人の生と死は自分のなかの愛によってつながっていると思っています。目をつむっても耳をふさいでも自分はいますよ。ポンパンマンさんお元気で!どこ吹く風の(ふーるおんざひる)でした。

[C99]

完全に題名、間違えていましたね。
途中で気付いていたのですがそのままにしてしまっていました。
今更ですが訂正しておきました。
私には大人だとか子供だとかいう定義は、まだまだわかりません。
これまで頭でっかち、というか頭でしか考えていなくて体験が伴っていなかったので、
いま、ニカラグアに来て、
自分にはわかっていないことが本当にたくさんあった(ある)のだと思い知らされています。
自分はまだまだ甘いのだということを、
日々、思い知らされています。
もっと怒られたいと最近思っていますが(笑)、
人に言ってもらえないと動けないっていうのも
甘えですね。
頑張ります。。

  • 2009-04-29
  • 投稿者 : pon
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[C104] 難しいことを考えるねぇ

私が22歳の時、「今死んでも未練はない」とは言えなかったなあ。今でも言えません。未練タラタラです。いつになれば未練なく死ぬことができるのだろうかと思っています。ただ、今もそうかもしれませんが、もっと若いときは、「死」というものが自分の近くにありながら、気がつかないほど突っ走っていたと思います。「死」について語るより、今の自分の悩みをどう克服するかで一所懸命でした。
だから、私はニカラグアに来て、これまでの自分の生き方を振り返るよい時間をもらっています。突っ走っている間に見えなかったことが、少しだけど見えるようになったし。見落としていたことにも気がつくことができる。この国には何もないけれど時間はありあまるほどあるからねえ。ぽんちゃんにとっても、良い時間になるといいね。
  • 2009-05-17
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プロフィール

PONPANMAN

Author:PONPANMAN
1987年3月生。
小学生の頃から、“変人になりたい”と切望。現在まだ、変人になりきれない凡人。たくさんの人間に恵まれて、ここまで大きくなりました。そして高校の時からなぜかあだ名が“ポン”に。現在、横浜の某大学を休学して、青年海外協力隊として二カラグアに在住。

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