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2010年


新年明けましておめでとうございます。

今年もポンパンマン、及びブログをよろしくお願いします。


2010年は日本帰国の年です。
振り返るとあっという間・・・。任期も半年をきりました。


みなさんは新年をいかがお過ごしでしたか?


私は元旦、

初泳ぎ。
初日の出で日光浴。
子どもと釣り。


日本では出来ないような年越しをしました。



今年もみなさまにとって良い年となりますように。




配属先であれこれ


9月に家族が二カラグアに来てくれて以降、
なんだかんだでバタバタした日々を過ごしていました。


そう!実は家族が日本から遊びに来てくれたのです!!
このことをブログに書こうといつもおもいながら、書くネタが多すぎて手がつけられずにいますが
いつかきっと・・・(汗)



バタバタの理由は、前回の記事に載せた原爆展の準備、活動に対する技術補完のためのコスタリカ研修など。


そう!実は4日ほどコスタリカに行っていたんです!!
このことをブログに書こうといつもおもいながら、書くネタが多すぎて手がつけられずにいますが
いつかきっと・・・(汗)



けれどいちばん気持ち的にそわそわしていたのは、配属先に関することです。
いろいろ変化がありました。


10月に、プライベートでも仲の良い配属先の同僚のロサが、辞めました。
職員の給料用に送られていた寄付金が減額になったという理由ですが、
本当のところよくわかりません。配属先の何らかの意図があったのかもしれません。

これは結構、ショックでした。

彼女とは、私が配属されてから1年以上の付き合いだったので、
日々働きながら、他愛のない会話のできなくなったことが残念でした。
それでもいまだに、彼女の家を訪ねたりいい関係は続いていますが・・・。


そのあと少しして、もう一人の、私が配属されてからのつきあいだった聾唖のエリサべスも
同じNGO内の他の部署に配属になりました。


これで、私が配属されてからずっと一緒に働けてるのは、部署の責任者である、ベテランのグロリア先生だけ。



・・・そのグロリア先生もなんと辞めることになり。。

これには本当に衝撃でした。

彼女は私の活動場所・障害児の教育センターRayitosをつくった人であり、
この施設で働いて10年近くになります。
彼女があっての、Rayitosともいえるくらいでした。
定年までまだ何年か残っていると聞いていたので、
私が日本に帰るまではずっと一緒に働けるだろうことまったく疑っていなかったので、
ものすごく衝撃でした。
彼女なしに来年からどうやって働いていこう・・・。と。

辞めた理由は、私達にははっきりわかりませんが、
まぁ、施設内でいろいろあったということなんでしょう。

たしかに、いま若くて仕事熱心な教育担当者がいるということで、
(今年の3月から働いている私のカウンターパートのジャーデルさん)
世代交代の時期とみんなが考えたのかもしれません。

それが先週のこと。


さらに、私の部署を担当していた心理担当のマルレ二も辞めることとなり。


そして配属先の経済的な都合で、予定より一週間早くRayitosを閉めることとなりました。

去年の終業式(卒業式?)は、私は特に企画にかかわらずにいて、あんまりその会に面白みを感じられなかったので
(=工夫や子どもたちへの激励や感謝や愛情を感じられなかったというか)

今年は同僚たちとじっくり企画したいなと考えていましたが・・・

あまりに急な変化の多い状況に対応できなくなりそうになり・・・

結局、しっかりと準備することはできませんでしたが、
最低限できる範囲で、
このRayitosに残っている教育担当者のジャーデルさん・ボランティアで働いているペルーのシスター、フアナさんと私の3人で考えて卒業式、やりました。

ジャーデルさんとフアナさんは、向上心が高いし、子どもに対して愛情深く、すばらしいです。
尊敬の気持ちでいっぱいです。
フアナさんも今月いっぱいでペルーに帰国されますが。。泣

この二人についてはいつかゆっくり記事に書きたい。



ということで、卒業式の様子を!!



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みんなが書いた絵を展示しました。「これ誰が書いた絵かなー?」


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司会はお手の物、来年からはこの教室の責任者です、ジャーデルさん!

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行事ではお決まりの国歌斉唱の次は・・・卒業証書授与。

一年間、頑張りました!
証書とともに手作りバッジをプレゼント。「あなたの笑顔にありがとう!Rayitos 2009」


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ぎゅ~~

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言い忘れてました、この卒業式は午前の教室Rayitosだけでなく、
私が午後に活動しているProgreso(プログレッソ)の青少年たちと、
洋裁教室の生徒たちと合同で。全員で40人くらいでした。
みんなにプレゼント!これは寄付物資の中にあるものからつくったものです。
ぬいぐるみや服やアメなど。。

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一年間、お疲れ様!!


各クラスから発表。


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Rayitosからは、毎日朝の会で歌っている、みんな大好き“バスの歌”を歌いました♪


Progresoからは、よさこいソーラン節!残念ながら写真がありませんが、それはもう本当にみんな楽しそうに踊るんです!とかいう私が一番、彼女たちとソーラン節を踊るのを楽しんでいるのですが。


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心理学担当マルレネさんによる歌の披露。



それから、行事ではお決まりのピニャータ。
紙人形を踊りながら木の棒でたたき割り、中にあるたくさんのアメを落とし、激しく奪いあいます!!
日本にはありませんね、こんな習慣。。

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そんなこんなで、子どもたちとの2009年はあわただしく終わってしまいました。
いまは、重鎮がいなくなったあと、
これまでの体制から学び、いい意味で改革していき、
新生Rayitosをつくっていかなくてはいけません。
みんなで日々、一生懸命会議しています。

私も、すこしでも改善の役に立てるよう、会議に積極的に参加して私なりに頑張ります。


18日まで、来年からの活動に向けてしっかり同僚と意識を共有できるように、
できる努力は怠らないように。




ニカラグアで丸々生活した2009年も、
のこりあと少しです。



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原爆展開催@マタガルパ

はじめはぼんやりと思い描いていただけだったが、
「やろう!!」という思いが形になって、
実現した原爆展。


私の同じ隊次(同じ時期にニカラグアに赴任した協力隊員)のなかに、
広島県出身者2名・長崎県出身者2名。

広島では、各国に赴任前に行う広島市庁表敬訪問前に、
平和祈念公園にて啓発担当の方から、
過去に協力隊隊員が各国で開催した原爆展の実績
開催にあたってDVDやパネルなどの物品の貸与方法の説明がある。
平和へのメッセージを世界に広めたいという思いがあってのことだろう。
たくさんの国で、協力隊員の手によっても原爆展が行われてきたようである。


二カラグアに来て、いろいろな質問をされ、
自分が広島出身だということを説明すると、
「“ヒロシマとナガサキ”は原爆が落とされた都市だろう?」
と何度返されたことか。
多くの人がこの事実に興味を持っているのだなぁと感じてきた。


先輩隊員が、自分の配属先(養護学校)で他のイベントと合わせて行った原爆展のお手伝いに行って、
自分の任地でもやりたい!と具体的に実行に移そうと決めた。


内容の企画は、以上に挙げた、同隊次の仲間たちで。
いろんなかたにアドバイスをもらった。

なにを目的に置くのか
何を伝えたいのか
けどメッセージつよすぎても・・・
日本のことすらよく知らないニカラグア人相手に、何を持ってかえってもらうのか
じゃぁ、自分はなぜ原爆展を開きたいのか
原爆投下について何を知っているのか
その事実をどう向き合ってきたのか

   *   *   *


考えました。
話しました。


個人的な原爆展開催の動機は、

興味を持たれていると感じる原爆投下の事実を、ちゃんとした場をつくってニカラグアの人たちに知ってもらう機会を作りたい。

ニカラグアの人たちに戦争について平和についての考えを聞いてみたい、
二カラグアにも内戦があったから、それについても話が聞けるきっかけになれば・・・

いうなれば、原爆の事実を“通して”ニカラグアの人と新たな分野でつながりたいとの思いが強かった。
原爆投下の事実を利用している。
私自身、その事実に直接的に向き合ってきてはいない・・・。
こんな動機で開催していいのか?

多分私一人が企画していたんだったら、ここにつまずいて開催ができずにいただろうけど、

「ぜひ原爆展をやりたい」という、それぞれの動機を持った仲間がいたから、
開催が実現できた。



いつもいつもみなさんにきづかせてもらってます・・・(笑)感謝。。


目的はシンプルに、

原爆投下の事実を知ってもらう
平和を願う日をつくる


①日本紹介ブース


原爆の前に、日本のことを少し知ってもらおうと、地図や食事や写真など、
簡単な日本文化紹介。


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みなさん随分興味を持ってくれ、ここで時間を費やしていました(笑)


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おはし体験。



②原爆パネルブース

在ニカラグア日本大使館からお借りした30枚のパネル展示。もちろんスペイン語表記。
読み返して、こっちも勉強になりました。


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③おはなしブース

原爆投下の概要についての知識共有と、現在広島や長崎を中心に行われている平和教育・平和祈念式典などの紹介。またここでは来場者の意見をたくさん発表してもらいました。

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話を聞く真剣なまなざし。


④折り鶴ブース

ささきさだこさんの話を紹介し、また「平和を祈る日にしよう」という目的のもとに、折り鶴の作成。


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⑤DVDコーナー

広島平和祈念公園から寄贈していただいたDVDの上映。涙を流しながら見ている方もいました。


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   *   *   *

主催の隊員のみなさんも、来場者のみなさんも、
とても有意義な時間を過ごしてくれたのではないかと感じています。


チラシ配り・チラシ貼り・学校への招待状配り・ラジオ出演などいろいろ広報してはみましたが、
期待していた人数の来場者には来てもらえず正直、少し残念ではありましたが、
来場者と話もできいろいろなアドバイスもいただき、
とても勉強になりました。次回に行かせる原爆展となりました。


原爆について、もっと知りたい、感じたいと改めて思っています。


来ていただいた方に感想を聞くと、
話に聞いてはいたけれど、写真などを見ることはなかったので、
すごく衝撃的だ、と多くの人が言っていました。
来てよかったといってもらえ、それがとてもよかったです。


会場や機材、企画などでおせわになったマタガルパの国立大学UNANの先生方に心から感謝。
お手伝いに来てくださった、たくさんの隊員のみなさんに感謝。
たくさんの言葉をものこしてくれた来場者の皆さんに感謝。


この原爆展は、ニカラグア国内でまた、繋げていきます。







第二回「ともだちたくさんほしいなぁ」会



10月下旬、第二回「ともだちたくさんほしいなぁ」会を行いました。

今回は写真を撮っておらず、文章だけでの報告です。

流れは以前のように、

*始めの会
*施設のおはなし
*合同レク
*自由時間
*工作
*終わりの会

・・・という風にちゃんとやりたかった・・!(汗)


私は障害児教育について知識もない中でこういう活動をやっていて、
たくさんの配慮が欠けていることと思います。
今回の会のあと、活動についていつもアドバイスいただいている世話になっている方に報告して、
いろいろ自分の子どもに対する視点・心構えを振り返されました。

そんな私が、会の後に率直に感じたこととして以下の感想を読んでもらいたいです。




まず、会全体としては、中盤以降とてもまとまりのない状態でした。学級崩壊?
日本でこのような状況になると、招待した学校に対して申し訳が立たない・・・!と感じられるほどだったと思います。

ニカラグアだと、これが問題になりません。招待側も、された側も、比較的それが問題だと捉えないからです。諦めというか・・・。

問題意識がない所に、問題は生じませんね。
いくら私が大ごとだと感じていても・・。

子どもたちはすぐに活動(屋外で屋根のある場所にて)に飽きて
“今は座っていなくてはいけない”という状況を理解せず、
活動場所から離れ遊具で遊びまわる始末。
日頃からつるんでいる、5人くらいの男の子(聾唖・聴力障害・言語障害の子たち)。

状況をわかってもらえる工夫を、こっちが用意できてなかったのです。


グループ活動にしても「やりたくない」という子の続出。(これは日常茶飯事ですが・・・)
ただ、ほんとうにやりたくないのではなくて、その時の気分が乗らない、そう言って主催者を困らせたいという意図もちらほら見えつつ。


終わりの会、最後まで座っていられない
けれどこの、座っていられないというのが、
たとえば自閉症の子の場合でいう集団の場に身を置いていることが難しいというケースではなく、
わかっていて、普段はできるときがあるにもかかわらず
(たとえば一番怖い先生がガツンと言ったときには言うこと聞けるなど)、
それをやってしまった子どもたちのケースです。


てんやわんやな交流会となってしまいました。


でも、てんやわんやにしてしまったのは、こっちに多く原因があるわけで・・。



飽きさせない工夫不足

“「みんなで楽しい時間を過ごす」という目的=みんなで一緒にできる遊びをしたらいい”という短絡思考


それから、この活動の主要目的は

*障害をもったこどもたちの社会性をUPさせる
*障害を持った子どもたちと接する機会を増やす
おおざっぱにいえばこういうことで。

つまりは社会において多様な障害を持った人の社会参加を促進できれば・・・
という願いがあるのですが、

じゃぁ私は、いわゆる“統合社会”というものについてどこまで考えているのか?
どういうビジョンを持っているのか?

という、根本的なところにぶち当たったわけです。
ようやく。

それを考えることなしに、同僚と意見交換や意見共有することなしに
この交流会活動は意味があるのか。。


以上に書いた2つの主要目的

障害を持つ子たちと、障害を持たない子たちが同じ社会で生きていくために、
お互いがお互いの社会に寄り添っていくという構図だけれど、

その割合は?
どっちがより近づかなくてはならない?
または、双方の努力が同等に必要?
法律・制度・経済事情の影響はどこまでからんでくる?


・・・わからないことだらけ。



またまたいろいろなことに気付かされました。

やっぱり視野がまだまだ狭いなぁ。

“こういう態度で子どもたちに接していこう”というものがさだまらなかったり
個人的視点から、許せないことが多すぎたり・・・。

子どもに対して言うことを聞かせる技量が足りなかったり。
“言うことを聞かせる”という言い方はあまり好きではないけれど、
絶対に必要な要素であるし。


目的はひとつでも、アプローチの仕方はひとつではないこと、
どうやったら子どもたちにいい印象(成長のプラスになる)として活動を受け取ってもらえるか、

つねにつねに工夫が必要。




次回は来年ですね。
教室の状況が随分変わるので、このような活動が継続できるか怪しいですが・・・。
しかし、
“この交流会活動を続けること”が唯一の方法ではなく、
日々の活動の中からもいろいろアプローチできることもありますね。

あたまをやわらかく!
楽しく!!









日々のつぶやき(何回め?)


元気です、ポンパンマンです。
随分更新が滞っていました・・・。

なぜ最近バタバタしているかは、11月に下旬にお知らせできたらと思っています。


日々のつぶやき。
この題名で記事書くの、何回目になるのかわかりませんが(笑)

これは自分が、とある方に送ったメールの内容の一部です。


   *  *  *


ニカラグアで生活していると、いろいろと考えることも多いです。


日本という国について、

ニカラグアという国について、

“先進国”“途上国”とは何だろう、

そう呼ばれている国の間の“援助”ってどういうことだろう、

宗教のこと、

人権のこと、

男女の関係のこと、

家族関係のこと、

内戦・争い・革命のこと、

自分のこと・・・。



いろいろ考えていく中で、これらの物事を“自分の考え方”で考えていたつもりでしたが、
実はそうではないのではないかと気付きました。
“自分の考え方”って何だろう?と思うようになりました。

私は大学に入ってから、パレスチナ問題を追いかけるジャーナリストの方との出会いをはじめ写真家の方、日韓の歴史問題に携わる人々、東南アジアへの支援をするNGOの人たち、国家の圧力に立ち向かう教員の方・・・
これまでに出会ったこともないような多くの人たちに出会い、お話を聞かせていただき、影響を受けてきました。

もちろんそれ以前にも多くの人から刺激は受けてきましたが、
自分の理解が追い付いてさらに“思想”・“生き方”・“社会の見方”という側面からいろいろ刺激を受けるようになったのは、協力隊としてニカラグアに来る前の数年間です。

いつもみなさんに興味深いお話を聞かせていただき、その真摯な姿に感動を覚え、憧れのようなものさえ持っていたと思います。
そういう風に自分も考えられるようになったら素敵だな、と。それらの考えが“正しい”とすら思っていたかもしれません。

ニカラグアでいろいろと考えごとに出くわす度に、私はそれらのみなさんから聞いた言葉をもとにして頭を働かせていました。
けれど最近やっと、それが自分の言葉ではないことに気付きました。
私が、“素敵だな”と思う考え方を、受け売りで利用して、
それがまるで自分の考えだと思い込んでいたようなところがあったように思います。

それは自分が自ら歩いて探して見つけ出した答えとしての考え方ではありません。

もちろん、人の話を聞くことでそれを自分の中の考えと比較したり補ったりしていくことでさらに自分の考えを深めていくものだと思いますが、
自分には当時、確固とした自分の考え方というものはなかったので、皆さんの話と自分の考えを戦わせることなくスッと入っていたのでしょう。

ニカラグアに来てから、その“学んだ”考え方と、自分の感じるもののあいだに差を感じることがしばしばありました。
その差を感じるうちに、あ、これは自分の言葉ではないのではないかと気付くようになりました。

とにかく、人の話をたくさん聞き、たくさんのことを学びながらも、どんどん自分から足を動かして、頭を動かして、思考をめぐらせて
“自分の言葉”をつくっていくことができるように、
と気付いたところです。



   *  *  *




先日、日本から村落開発の専門家としてニカラグアでお仕事されている方について、
小さな村の農民対象に行う、“技術移転”の前段階である“自己啓発”や“モチベーションアップ”を目的に置いた研修会に参加してきました。
とても興味深かったので、またブログで紹介出来たらと思っています。

その中で印象的だった研修内容の一部。


「必要性→自覚→決定→取り決めづくり→実行」



とてもシンプルですが、とっても明確。

この言葉が自分の中にすっと入ってきました。




頭での理解ができたなら、

やることの方向性が見えてきた=自覚できたなら、

歩きましょう。








Extra

プロフィール

PONPANMAN

Author:PONPANMAN
1987年3月生。
小学生の頃から、“変人になりたい”と切望。現在まだ、変人になりきれない凡人。たくさんの人間に恵まれて、ここまで大きくなりました。そして高校の時からなぜかあだ名が“ポン”に。現在、横浜の某大学を休学して、青年海外協力隊として二カラグアに在住。

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